特定非営利活動法人日本医学ジャーナリスト協会
第8回(2019年度)「日本医学ジャーナリスト協会賞
日本医学ジャーナリスト協会(水巻中正会長)は、質の高い医学・医療ジャーナリズムが日本に根付くことを願って、「日本医学ジャーナリスト協会賞」を2012年に創設。第8回目となる今年度も、全国から多数のご推薦をいただきました。
その中から、「オリジナリティ」「社会へのインパクト」「科学性」「表現力」を選考基準に、協会内に設けた選考委員会で慎重に審議した結果、2019年度の受賞者として、次の方々を選ばせていただきましたので、お知らせいたします。
記
第8回(2019年度) 日本医学ジャーナリスト協会賞 受賞作品
<大賞> | 『発達障害に生まれて~自閉症児と母の17年』 | 小児外科医 松永正訓さん |
<優秀賞> | NHKプロフェッショナル仕事の流儀 「医療事故をなくせ、信念の歩み~医師・長尾能雅~」 |
NHK制作局第2制作ユニット ディレクター大野兼司さん |
「東京医科大の恣意的不正入試事件に端を発した一連の報道」 | 読売新聞社会部 「不正入試問題」取材班 | |
『化学物質過敏症~私たちは逃げるしかないのですか~』 | テレビ金沢 「化学物質過敏症」取材班 |
授賞式、受賞された方々による記念シンポジウムを、11月18日(月)、午後6時より、東京・内幸町の 日本記者クラブ(日本プレスセンター 9階会見場)で
開催します。 (※終了しました。)
<大賞> 『発達障害に生まれて~自閉症児と母の17年』
小児外科医 松永正訓さん
空気を読めない。友達ができない。でも、ほしいとも思わない。周囲の状況に関係なく奇声をあげるように見える。走りまわる。止めようとすると暴れ出す。
ところが、興味をもったことは徹底的に追及する。
そのような自閉症児を授かった母が、思い描いた「理想の子育て」から自由になっていく17年間の軌跡が、達意の文章で描き出される。子育て一般に通じる示唆も、数多く含まれている。
母、立石美津子さんは幼児教育の専門家で、著書も多数ある。そのような著述家が医師をインタビューして書いた本は数多いが、医師が著述家をインタビューして書いた本はきわめて珍しい。その良さが存分に発揮されている。
著者によってこれまでに書かれた『小児がん外科医』『運命の子・トリソミー』『呼吸器の子』『いのちは輝く』に一貫して流れているのは、医の原点、命への畏敬であり、「真の啓発書」「異文化への入門書」とも、高く評価された。
<優秀賞> NHKプロフェッショナル仕事の流儀
「医療事故をなくせ、信念の歩み~医師・長尾能雅~」
NHK制作局第2制作ユニット ディレクター 大野兼司さん
交通事故の7倍の人が毎年亡くなると推測されている医療事故。「予期せぬ死や死産」が発生したら、医療事故調査・支援センターに届け出て、同様の事故が繰り返されないようにする医療事故調査制度がスタートし5年目に入った。
ところがミスを隠す医療界の体質にいまも変化がみられず、報告数は想定を大幅に下回る。
そのような中で、「逃げない、隠さない、ごまかさない」という大方針のもと、死に至らないミスについても徹底的に報告を促し、原因を追求し、事故を未然に防ぐために格闘している名古屋大学病院の医療の質・安全管理部の生々しい現場をカメラが追う。特筆すべきは、一人の医師にスポットを当てるというより、チームとして医療事故を未然に防ごうという取り組みが描かれていることだ。
「医療安全は治療」という信念で、新しい分野を切り開くに至った長尾能雅医師(49)の心情にも肉薄した。
放送後、医療事故の被害者・家族だけでなく、医療関係者からも多くの反響があったのもうなずける。十分な検証もされず医療事故が葬られていく。その現状に一石を投じ、医療安全に求められる改革のヒントを提示している。
「東京医科大の恣意的不正入試事件に端を発した一連の報道」
読売新聞社会部「不正入試問題」取材班
息子を裏口入学させた文部科学省局長が逮捕された2018年の汚職事件をきっかけに、読売新聞社会部は、東京医科大学が女子に対して一律減点をしていた手法の詳細をスクープした。
医学部の入学試験で女子が不利になるような操作が行なわれていること、その背景に若い男性医師の過酷で無給に近い労働があることは、医療界では公然の秘密であり、医療ジャーナリストも例外でなかった。しかし、「しかたがないこと」と、長年、放置され続けてきた。
それを、医療界と縁の薄い社会部の取材班が、地道な取材と客観的なデータによって明らかにしたことの功績は大きい。
その結果、受験生や医学界、教育界にとどまらず、社会全体に大きな衝撃を与えることになった。
文部科学省の調査で、他の大学でも不適切な事案が次々と見つかり、政治家から特定の受験生を合格させるよう依頼があったり、寄付による入試優遇があったりする例もあきらかになった。
報道をきっかけに、女性が社会で活躍することに厚い障壁があることに関心が深まり、「医師の働き方改革」に焦点があたるなど、社会的な議論は今も続いている。
『化学物質過敏症~私たちは逃げるしかないのですか~』
テレビ金沢「化学物質過敏症」 取材班
柔軟剤、整髪料、食品添加物、農薬などに反応し、頭痛、めまい、うつ状態に悩まされる人々が、化学物質から逃げようと引っ越しを繰り返し、仕事を辞め、孤立を深めている。
取材班は、”暮らしに潜む危険”に警鐘を鳴らす責任があると、7年前からニュースの特集や番組で患者たちの苦悩と現実を繰り返し伝え続けてきた。
これまでも、少なからぬ病気が原因が特定されるまで、心因性、考えすぎ、怠け病などと誤解され苦しんできた歴史がある。病気の原因が未解明であることで、環境省、厚労省も対策に手をつけようとしない。
こどもだと、学校に行くことさえできなくなってしまう。そんな姉妹のために、小学校の教室の1つを化学物質を極力除去する改装の様子が映し出される。その部屋の窓の内側から、こどもたちが、右の絵のような、ささやかな願いを張り出す様子がいじらしい。
患者を診察する専門医は全国にごくわずか。苦しむ人たちは、医療界や社会がこの病気に目をとめ、理解してくれる日を待ち望んでいる。化学物質が生活のすみずみまで広がっていく今、さらに深刻さが増す社会を予感させる。